私は、大学時代から司法修習時代にかけ少々は山登りをしていたが、弁護士になってから数年山登りはしませんでした。昭和61年ころ肺炎を患ったことを契機に運動不足を痛感し、また山登りをするようになりました。山は空気がよく、同時に花や鳥など自然の美しさを楽しむことができるからです。週末で、行先は2時間以内に行くことができる奥多摩、山梨、埼玉の山々でした。平成9年岩倉哲二会員とともに三多摩弁護士クラブハイキング同好会を作り、以来会員に呼びかけ年3、4回ハイキング同好会を作り、以来会員に呼びかけ年3、4回ハイキングを催しております。
平成12年ころ百名山を意識するようになりました。それまでにも百名山の話は聞いていましたが、このころ修習同クラスの尾崎弁護士が登り終えたことこれがとてもよかったとの話を聞いたので大きな契機となり、登破をめざすようになりました。百名山は深田久弥が戦前から戦後にかけ登った山で名山と命名したものです。全国に所在し、概して高度の高い山が多く選ばれており、長野県に多く3分の1以上あります。百名山登破を計画した時には26山終えており残りは74山でした。時間は週末は夏休みに限られやりくりに工夫しました。新幹線、特急を使い日帰り可能なものは日帰りをし、土日は一泊して二つの山に行くなどしました。2500メートル以上の山は山小屋に泊まらざるを得ませんでした。延べ宿泊数は17回です。
山小屋の連休日は人が多く、寝る場所も窮屈なことから宿泊は敬遠し、歩行10時間以上かかってでも日帰りできるものは下りることにしていました。山小屋の実情を示すものとして私のほろ苦い経験を紹介します。14年10月五竜岳山荘のときのことです。この山荘は主に雨水をしようしていて当日人が多く節水を呼びかけられていました。私は気を遣い、糸を引く程度の蛇口水を出しながら歯を磨き出したが、一人の男がこれを見て「たれ流しはやめろ」といい、私は「すぐ終えるから」と続けたところ、「この不埒もの」といわれ、蛇口を実力で止められてしまいました。
単独で行くことが殆どであり、弁護士仲間や岩田孝支さんらと同行したのは5回です。単独でも現地で知り合いとなり、下山を共にすることも多くありました。妻や家族の者からはまた山かといわれることが多かったのですが、できるだけ土産品を買うなどして贖罪をしました。
山登りの後は必ず最寄りの温泉に寄りました。また、同時にその地域の人の生活を見ることにしていました。百名山にいくらかかったかですが、およそ250万円です。平成17年9月17日幌尻岳をもって百名山を登り終えました。
登ったどの山も素晴らしかったのですが、私にとって思い出に残った名山をいくつか紹介します。本当は美しい山であっても雨や霧で見えなかったものは残念です。
平ガ岳 15年7月
奥只見に位置する。新幹線、タクシーを乗りつぎ、9時ころ登山を開始し、頂上3時ごろ、下山夜8時ごろ。豊かな自然が残され、道すがら蛇に会い、帰りは蛍が乱舞するなど、爬虫類が多く、頂上付近の沼と高山植物は素晴らしいものでした。
このときの句 平ガ岳ほたる導く夜の道
八甲田山 14年8月
神が住むといわれているのにぴったりの湿地と津軽平野の展望が印象的でした。
このときの句 霧晴れて神住む庭の八甲田
岩木山 14年8月
岩木山麓に岩木山神社があり、そこで奉納夏祭りが行われており、若い子らを交えた長い行列には見るべきものがありました。
このときの句 岩木山響く女児の祭歌
九重山 16年5月
霧島つつじは九州の火山岩に生えているが、5月、6月が最盛期です。
このときの句 岩肌にみやまきりしま九重山
祖母山 17年5月
九州のほぼ真中。あけぼのつつじは祖母山特有で、2、3メートルの木で、赤紫の大きな花が美しい。麗周辺は、刈り干し切り唄、ひえつき節、五木の子守唄の発祥地でもある。
光丘 17年8月
南アルプスの荒川、聖等連山の最南に位置する。頂上付近の花畑、湿地が広く美しいものでした。
白山 15年9月
古くからの信仰の山で登山者が多く、また白山特有の高山植物が多くありました。
剣岳 14年9月
急な岩場が多く、また晴天率が低いといわれているが、当日快晴で鎖場など思ったほど難儀をすることなく登ることができました。
高妻山 15年5月
信州戸隠に所在するが、雪渓が美しく、途中牧場が広がっており、スイスを思わせる景色でした。
飯豊山 17年7月
雪渓とお花畑が素晴らしく極楽のようでした。
このときの句 屋根続く飯豊の岩間ヒメサユリ
幌尻岳 17年9月
北海道中央にあり最後の山となったが、二度行くこととなりました。一度目は8月静内町より早朝3時タクシーで出発したが、指示した場所とは違う幌尻湖の林道入り口でした。そこから4時間林道を歩き、沢沿の登山道を歩き出したが、雨で沢が鉄砲水となっていたうえ、道もなくなっており、断念しました。二度目は早朝3時占冠駅からタクシーで糠平川登山口に着き、川を渉り、山小屋に着いたころから大雨になりました。翌朝も雨が続き宿泊者20日人の誰も登ろうとせず、私一人出発しました。雨の中頂上に着いたころ、後続の一人が追いついてきました。この人と親しくなり、翌日川を渉って下山し、車に乗せてもらい、蝶の観察などして千歳空港まで同道しました。
このときの句 平取の夏野に花や極楽蝶