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エッセイ

紫さむる筑波山

櫻本 義信 会員

三多摩弁護士クラブでは、毎年のように高尾の山陰で「お月見会」と称して酒杯を酌み交わしていた。この「お月見会」が沙汰止みになったのは、この酒席の参加者全員に当季雑詠として俳句二句を出句することを強いたからと思われる。

弁護士会の催しとしてはなかなか乙なものとは思われたものの、訴状或いは準備書面等を作成することにはお手のものでも、いざ短詩型文学の最たる俳句を捻り出せと言われても苦労するらしい。

出句したは良いが、季重だ、やれ上五がどうだ、挙句何を詠まんとしているか不明である、とか批評ばかり受けて酒が不味くなる、という訳で沙汰止みとなってしまった。

それでは、人に感銘とまではいかないが、印象に残るようにするにはどうしたらよいのか。二、三句を挙げてみよう。

「多摩の横山」と万葉にも詠まれている高尾の連山に匹敵する筑波山も、関東平野から望めれば捨て難い。

 

裏筑波「土」ふところに麦を踏む

 

下総、石下村出身の「長塚節」の「土」という小説は読まれた方も多い。昔の筑波裏の百姓生活は悲惨なものであったらしい。この百姓生活をどう表すのか。

 

白菜の尻向けくくる遠筑波

 

水戸地方裁判所下妻支部へ、古河から通うと道路端の畑に白菜が積み上げられている。この白菜の尻の瑞々しさ。これを俳諧の方から詠んでみると、少々別の意味に採られるものの面白さは増す。

 

筑波背に夕日掘り出す蓮根堀り

 

これも土浦支部へ通う途中の景である。蓮根堀り労働の大変さは想像が付かない。

内田百聞先生が、「蓮根の一番美味いのは穴だよ」と言われていたが、蓮根堀りのどういうところを詠むのか。泥の中からなにを掘り出すのか。

 

月満ちぬひたち歌垣行きめやも

 

常陸風土記に『歌垣』についての記載がある。満月の夜に筑波山神社に男女多数集って一体なにをするのか。唄を詠み交わしてどうするのか。現在であってもミャンマーでは「あの子が欲しい」とか言って手をつないで唄い交わしている。自分も万葉の世に生れていれば馳せ参じたものを。

 

新しき藁焼く匂い筑波這う

 

筑波山は、蕪村も多数詠んでいる。筑波山の東側から頂上を望めば紫色に煙る姿を拝することが出来る。筑波山はかって、水戸天狗党の連中が立て篭もった歴史を有する。

 

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