HOME > エッセイリレーエッセイ2008年「各駅停車の旅」私論。
エッセイ

「各駅停車の旅」私論。

名取 孝浩 会員

旅好きにもいろいろいるが、飛行機より新幹線、新幹線より各駅停車という人はさすがに奇特なのかもしれないと自分で思う。名古屋あたりなら出来れば各駅で帰りたいというのは重傷かもしれない。なお、小田急で新宿から町田まで各駅に乗ってくることがあるが、これは単に満員電車が大嫌いなだけである。

しかし、人間の動体視力を考えたなら、車窓の景色を楽しむには特急でもまだ早い。それに、新幹線や特急の走る路線は、速度を出しても安全なように作ってあるから、当然渓谷や海の近くはもちろん、町の真ん中を通ったりも出来ない。存外景色が面白くないのである。もちろん飛行機は論外だ。空港なんてどこも似たような作りだし、上空に上がったら景色は変わらない。それに、万が一墜ちたら助からないではないか。
大体、飛行機や新幹線は人の生活が見えないのがいけない。日本中どこへ行っても旅行客やビジネスマンは同じ恰好で同じようなものを持っている。野菜かごを持ったおばあさんが乗ってきたり、学校帰りの高校生が乗ってきたり、というのがいいのである。学生が乗ってくると混むのはちょっと嫌だがそれも味だろう。そのうち降りるし。

似たような理由でバスというのも嫌いではない。特に路線バスは景色や乗客の点ではいい。しかし、地元の人間でなければ戻ってこられない可能性がある。特に、同じ道を通って戻るのは嫌いという困った性格(これが方向音痴の重大な原因でもある)を持っている私には、同じバスを使って戻って来るというのは嫌なのだ。だからバスは減点である。やはり総合評価では各駅だ。
こうやって改めて羅列してみると、私は車窓からの景色や乗り降りする乗客を見ながら、人の素朴な日常を見ているのが好きらしい。また、あくせくしないで、ゆっくりと流れていく時間が好きなのかなあと。そしてもっとよく考えてみると、日本の良さそのものを味わいたいのかもしれない。疲れたら一眠り、が出来る日本という国にいられることは、やはり幸せなのだろう。

旅は人生そのものだと聞くことがある。旅にとって移動時間も要素の一つ。だとすれば、早くて時間が短い移動手段ばかりの旅がもてはやされる現代は、どこか私たちの人生も間違ってしまっているのではないかなあ、と思うのだが。

 

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