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エッセイ

モンゴルの写真師

志波 邦男 会員

10年以上前の夏にモンゴルを旅行したときのことです。首都ウランバートルをバスで出発すると、どこまでも草原が続き、時々ゲルと呼ばれる円形の白いテントの家が遠くにぽつりぽつりと見えるだけでした。

昼下がりに着いた宿の周りも、草原ばかりが広がっていましたが、遠くにぽつんと一軒のゲルが見えたので、私はポラロイドカメラを持ってゲルの方へと歩いて行きました。写真を撮って渡してあげようと思ったのです。ゲルに近づくと、主人と思われる男性が立っていて私を訝しげに見ていましたが、私が写真を撮るまねをした途端、ご主人の顔は急に笑顔に変わり、奥さんや子供達も出て来て、呆気にとられる私の手を引っ張ってゲルに迎え入れてくれました。ご主人は私に馬乳酒を振る舞いながら、ゲルの中を身振り手振りで案内してくれました。

馬乳酒を飲み終わり、私が写真を撮ろうと手招きをすると、ご主人はちょっと待てと手で制し、急に馬を飛ばしてどこかへ行ってしまいました。残った奥さんや子供達はいそいそと着替えを始めました。しばらくしてご主人が戻って来ると、その後から、よそ行きの綺麗な格好をした総勢20人くらいの集団が馬に分乗して次々とやって来ました。どうやら親戚の人達が写真を撮ってもらいに来たようです。みんなが揃ったところで写真を撮ろうとすると、今度は女性達から待ったがかかりました。髪の毛や化粧の入念なチェックが始まったのです。ようやくオーケーが出たので、全員の集合写真や家族ごとの写真などを次から次に撮っては渡してあげました。ゲルの周りでは、写真を見ながらはしゃぐ声があちこちから聞こえてきました。ゲルのご主人はというと、早速ゲルの中の一番目立つ所に写真を飾って自慢そうに眺めていました。みんな満足そうな笑顔でいっぱいでした。

写真を撮り終わると、お礼に馬に乗せてもらいました。初めて馬に乗ったのに、不思議に草原を自由に駆け回ることができました。何もない草原を勝手に走り回る馬にただひたすらしがみついていただけのことでしたが。

ふらふらになって馬から降りると、もう日も傾いていたので、そろそろ帰ることにしました。今日初めて出会った人達ばかりでしたが、一人一人抱き合って別れを惜しみました。みんなが見送ってくれるのを背に、夕日に染まった草原を一人とぼとぼと歩いて宿に戻りました。こうしてモンゴルの写真師の一日が終わったのでした。

 

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