HOME > エッセイリレーエッセイ2008年その未来

その未来

堀井 亜生 会員

事務所を開設して約2年が経過。未熟な私たちが続けられているのは,諸先生方のご指導のおかげと感謝しております。

話は変わり,ある刑事事件についての雑感。

事件は,前科なく真面目に社会生活を行っていた青年が凶悪犯罪を行ったというもの。公判前整理手続に付されており,裁判所から裁判員裁判を見据えた処理を求められていました。具体的には,証拠の簡略化,争点の限定,証拠の同意(些細な事実の齟齬は同意するか,同意の上任意性を争うことなど)です。

確かに,細かい事実の齟齬に拘るあまり審理が長期化しているケースもあり,裁判員を拘束するにふさわしくないものも皆無ではありません。しかし,中には,ある程度細かな事実関係についても争う必要があることは刑事弁護の経験がある方であればご理解頂けると思います。

裁判所が目指す「国民にわかりやすい裁判」とは「(裁判所にとって又は国民にとって)楽な裁判」になってはいけません。裁判員になる一般国民の方にも,複雑な法律も丁寧に説明すればわかっていただけますし,裁判員裁判に対する意見も案外と真剣なものが多く,現実は裁判所が思う「国民」のレベルほど低くはありません。手続きの簡略化を追及した結果,裁判所が思う「誤った結果」が出たとしたら,その時に反省すべきは,社会通念と乖離した先例を作った裁判所ではないでしょうか。

仮に,手続きの簡略化の背景に,素人に説明するのは面倒だ,出来るだけ自分の仕事を増やしたくないという悪しき公務員体質があるならば尚更問題だと思います。

また,手続きの簡略化は,被告人の裁判を受ける権利を奪うものにほかなりません。

本件も証拠内容を見ていない段階から,「情状関係の証拠(被告人の複数の謝罪文や嘆願書など)はまとめて弁護人の報告書にして欲しい」など,簡略化を徹底するあまり本来の刑事手続きの意義を失う発言も散見されました。また,責任能力を争っている事案にも拘わらず,たった30分の精神科医の尋問も不要とされました。

自白事件でも否認事件でも,被告人が納得して受刑出来るかどうかはその手続き過程の充実,適正にかかっており,それが後の更生も大きく影響します。

いい加減な手続きで他人を裁きたい人も裁かれたい人もいません。せっかくの国民の司法参加の機会を骨抜きにするような運用は,国民の司法に対する信頼を失う結果となることを危惧しています。 

 

ページトップへ