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エッセイ

暮らしの安全と失われる便利さ

鈴木 徳太郎 会員

最近,引っ越しをした。府中に事務所を構えたので,事務所のそばに住もうと思ったのである。新しい住居は新築の賃貸マンション,設備等も最新のもので,これまで古い物件にしか住んだことがない私の関心を引きつけるものが多々あった。一番感心したのはお風呂場の床である。換気扇を1時間ほど回しておくと,靴下を履いたままお風呂場に入っても靴下が濡れない。カラリ床とか言うらしい。

ただ,その一方,入居後に気づいた不便さもあった。

まず,玄関のオートロックだが,わざわざカードキーを使って開けなくてはならない(私が前に住んでいたマンションのオートロックは暗証番号で開けることができた。)。管理会社に暗証番号を教えてくれ,と言っても,管理の都合上,教えることはできないとのこと。鍵を持たないでゴミ捨てやコンビニに行くとまずいことになりそうである(私は,家の鍵を開けたまま,ゴミ捨てやコンビニへ行くことがしばしばあった。)。

部屋のカードキー(そもそも普通の鍵でない時点で,キーケースに付けることができずに不便極まりない。)もクレジットカードなどより細長い形をしたもので財布のカード入れにきれいに収まらない。管理会社からカードキーを渡された際,「なんでこんな変な鍵にしたんですか。」と言ってしまった。管理会社の担当者は,申し訳なさそうに「今,ピッキングに一番強いタイプなので。弊社ではまだ,ピッキング被害の報告がないタイプですので・・・」と言う。管理会社としても,ピッキング被害があると管理責任を問われる可能性があるのであろう(この管理会社はマンションの施工も行っていた。),だから,こんな使いにくい鍵を採用したんだろう,と勝手に思い,一応納得した。

たかが鍵の話,慣れてしまえばどうということはないのかもしれない。ただ,今回の引っ越しを通じ,安全についての過敏な反応が社会において増えているのでは,と感じた。管理者の管理責任が問われる現在,管理者は昔のように安全に無頓着ではいられないのであろう。時代の流れからすればやむを得ないのかもしれないが,無精な私としては,安全やら管理責任やらに大らかであったころが懐かしく思えたりもする。

 

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